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人は誰でも孤独である/存在認知(ストローク)/ポートレートと心理学

人は誰でも孤独である。


故に人は「孤独」と「さみしさ」の違い、その異なりを理解しなければいけない。


私は人生で学んだことを可能な限り自分の言葉でお伝えることを意識していますが、今回の場合はよりわかりやすくお伝えしたいこともあり、参考資料から下記に引用させていただきます。


ちなみに私自身も心理学を学ぶ以前、ひとりの時間は好きでしたが「孤独」の意味を100%ポジティブに捉えていなかったかもしれません。

というよりも、臨床心理学を学ぶ以前では、日常で使う一つひとつの言葉の意味を理解したり、これほどまで意識的に選択して使用することはなかったと思います。


それでは

以下が「孤独」と「さみしさ」の違いとなります。


「孤独」:

自分自身の深いところと繋がっている状態。自分の存在の核と繋がり、その声を聞いている状態。

「ひとりであることの喜び」という肯定的な側面を持つ。

自然の静けさの中で無言で木や雲や波に語りかけたり、静かに詩をひとりで読んでみたり、音楽に聴き入ったり、芸術作品をひもといたりする時間におのずと去来(行き来)するもの。


「さみしさ」:

「ひとりであることの痛み」というネガティブな側面を持つ。

さみしさは、しばしば、人と人との繋がりが拒絶されたり離ればなれになることによって体験されているものである。

それは私たちが別れや死に直面した時に襲いかかってくる感情であり、周囲から誤解されたり、愛が破れたりした時に生まれてくる感情である。


… 孤独に身を任せている時には、群衆の中にあってもひとりきりである。しかし決して寂しくはない。


深い孤独を体験した者同士こそ、真の人と人との出会いとなります。

逆に孤独に耐えない人同士のつながりは、本当の意味で出会いと言える代物ではありません。

日本的な人間関係のしがらみの中で、他者との浅いつながりを保つことで、自分自身と向き合うことを回避してしまっているケースも少なくないからです。


- 諸富祥彦著「自己成長の心理学」/ムスターカスの孤独論 参照 -


私自身現在は少なくても3日に一度、時間があれば1日に1度、深い孤独の時間を過ごすことにしています。

これは小学生の頃から続けているひとつの習慣であり私の日常。

この孤独の時間こそが物作りにおいての表現であったり、人生そのものに繋がっています。


私が撮るポートレートにおいても…

あなた自身の存在そのものが描写されたその一枚の写真は、あなたが孤独の時間を過ごすためのきっかけやお手伝いをする大切なもののひとつであると、私は考えています。


記事 : Photographer MAL / 丸本祐佐





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