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存在認知 / 自分の存在をネット上に残し、それを自身の「存在認知」の一部とする。

自分の存在、価値観や捉え方、経験と学びという財産、また表現や表出を自分の死後にも残しておきたい。


現在はそれを自身のウェブサイトで行ってはいるものの、私が死んでしまったら契約料の支払いができなくなり、それはネット上から消失してしまう。


そう考えるとFacebookやInstagram、Twitterなど料金のかからないものが理想的であるかもしれませんが、多くの人が求めている繋がりや良いね、フォローなど(いわゆるストローク)を求めない使用目的であの場所に入っていくとなると、また少しストレスを感じるのかもしれません。


私は故郷にあるお墓に自分の骨を埋めることは考えていませんが、しかしそれがネット上に自分の存在を残すという理由の全てではありません。

事実として私には子どももいないし親戚と定期的に連絡をとっているわけでもなく、またお墓に骨を埋めて、誰かにお参りして欲しいという気持ちもありません。


ネット上に自身の存在、価値観や捉え方、また表現や表出を残しておきたい理由として、私がポートレート撮影のコンセプトにも掲げている「存在認知」があります。


幼少の頃からその問題はずっと自分の中に在り、日々の人生を通して思い、考え、向き合い、ようやく辿り着いた人の心にとって最も大切な「存在認知」への探求が、気づけば私の人生そのものになっていました。


自身の存在をウェブ上に残すことで実人生の全てを客観的に捉え、受け入れ、自身の本当の「存在」そのものを生ききることの一部とする。


それは私の死後もその場所に存在として在り続け、時には人に勇気と癒しを与える。

それは私がコンセプトに掲げている「存在認知」そのものが、私の死後もそこに在るということ。


「存在認知/ストローク」は他者とのやりとりだけではなく、先ずは自分と自分の間で行うものであり、ポジティブにそれが出来れば、人は自分の本当の存在を知り、本当の自分の人生を生きることができるものであると、私はそう考えています。


ネット上に自身の存在を残す私としての「存在認知」。

ウェブサイト以外のところでも、それをこれからやってみようと思います。


※追伸:

今こうしてこれまでになかったテイストでセルフポートレートを撮ることにも意味があります。


サザンオールスターズという存在を多くの人に知ってもらうきっかけとなった渚のシンドバッド。

高いクオリティを保った上で、面白く演出されたその表現には、多くの人に知ってもらいたいという最初の突破口である窓口を広げるための戦略があったかもしれません。


私自身がポートレート撮影において掲げている「存在認知」というコンセプトは人の心の根底にあたるものであると捉えていますが、これは多分マイノリティな領域であり、多くの人々には想像できないかもしれません。


しかし今ここの私の存在を知られないまま理解・想像をされないよりも、先ずは私自身の存在を知ってもらうための窓口を広げるという意味で、様々なセルフポートレートを撮影し置いてみることにしました。


2022.11.12 MAL by 丸本祐佐